新型コロナウイルス(COVID-19)における糖鎖とレクチンの係りを追う:SARS-CoV-2の感染と重症化に絡んで

本ブログ筆者が新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に関する論文概説記事を書き始めてから、もう直ぐ1年になろうとしています。記事を書き始めたのは2020年の7月で、GlycoTechnicaのOfficial blogサイトでしたが、同年10月以降はMxのブログサイトに場所を移して書き続けてきました。

新型コロナウイルス(COVID-19)における糖鎖とレクチンの係りについて、すべてが解明されたとはとても言えない状況ですが、ポイントは整理されてきた感じがしますので、このあたりで一回「新型コロナウイルス(COVID-19)における糖鎖とレクチンの係り」について、筆者なりの見解をまとめてみたいと思います。

SARS-CoV-2はエンベロープを持つウイルスであり、エンベロープには、S (スパイク)、M (マトリックス)、E (エンベロープ)タンパク質が存在しています。感染にかかわるのは、主にスパイクタンパク質であると考えられています。スパイクタンパク質は糖タンパク質であり、非常に多くの糖鎖修飾を受けています。具体的には、スパイクタンパク質には、22個のN-型糖鎖修飾部位、6個のO-型糖鎖修飾部位があります。 Oligomannose-型の糖鎖は、2ケ所(N234 と N709)、複合型糖鎖は、主に14ケ所(N17、N74、N149、N165、N282、N331、N343、N616、N657、 N1098、N1134、N1158、N1173 および N1194)、更に6ヶ所は、oligomannose-型と複合型が混在しています(N61、N122、N603、N717、N801、N1074)。最も普通にみられるoligomannose-型糖鎖は、 Man5GlcNAc2であります。一方、O-型糖鎖は短鎖にて、Tnやcore1構造が主であります(T73、T76、T478、T676、T678, およびT1076)。

それでは、糖鎖の機能とは一体何なのでしょうか?一般的な認識は、ウイルスがヒトの免疫系を回避するためにまとったスパイクタンパク質のシールディングであるということです。糖鎖は非常に高速に揺れ動いており、スパイクタンパク質に近づく免疫細胞を刷毛で振り払っているというイメージでしょう。スパイクタンパク質は、感染宿主細胞の受容体に結合するS1ドメインと、細胞膜との融合に関与するS2ドメインに分けられますが、S2ドメインは、ほぼ100%近く糖鎖シールディングによって守られています。スパイクタンパク質は宿主細胞に存在するACE2を感染受容体としていると考えられており、その結合部位をRBDと呼びます。具体的には、Arg319–Phe541のドメインがACE2に結合するSARS-CoV-2 RBDになります。このRBD内には、N331、 N343の二ケ所にN-型糖鎖修飾位置が存在し、宿主細胞のACE2ももちろん糖鎖修飾を受けており、N53、N90、N103、N322、N432、N546の6ヶ所にN-型糖鎖修飾位置が存在します。しかし、これらの糖鎖修飾は、RBDとACE2の結合に大きな影響は与えていないとされ、ACE2からN-型糖鎖を除去すると若干ですが感染力が上がるとされ、シアル酸やoligomannoseは感染力を若干弱めるとされています。

スパイクタンパク質のO-型糖鎖については、大変興味深い報告があります。SARS-CoV-2のSタンパク質のS1/S2境界には、PRRA(P681-A684)という配列が挿入されており、furin cleavage siteを形成しています。この近傍にはO型糖鎖が修飾される位置として、S673、T676があります。この位置にO型糖鎖修飾が起こるには、681のprolineの存在が深く関係しています。英国変異株(B.1.1.7)では、P681Hという変異が入っており、prolineがhistidineに置換されています。この為、英国変異株では681にprolineが存在しないことで、S63、T676のO型糖鎖修飾が抑制され、その結果としてfurin cleavage siteの切断効率が上昇し、感染力のアップに繋がっていると推論されています。

SARS-CoV-2の感染においては、ACE2が正規の感染受容体として認識されていますが、ヒトの肺上皮細胞にはほとんど発現していないということが、ある意味物議を醸しだしています。つまり、ACE2を介する感染以外に第二、第三の感染受容体が存在するはずだ!?ということです。C-型レクチン(DC-SIGN、L-SIGN、MGL、Langerin)が着目される理由はここにあります。C-型レクチンは、2種類の結合モチーフを持ち、mannoseに特異性を持つものと、Gal/GalNAcに特異性を持つものが存在します。SARS-CoV-2のスパイクタンパク質は複合型を主流とするものの、Man5GlcNAc2を主要な構造としてoligomannose構造も持つが故に、C-型レクチンとの相互作用は必ずや存在するものと考えられますし、実験的にもスパイクタンパク質とC-型レクチンが相互作用することが実証されています。

更に興味深いのは、スパイクタンパク質のNTDに存在するガレクチン様構造(β-sheet structures)です。NTDがA抗原Type1に結合するという結果が糖鎖アレイを用いて示されています。更には、A抗原Type4にも結合し、lactosaminにもアフィニティーを持つことが同様に糖鎖アレイを用いて示されています。これらの結果は、ABO血液型と新型コロナウイルスの関係性において、O型のヒトに比べてA型のヒトの方が感染しやすいということを見事に説明してくれます。つまりSARS-CoV-2がA抗原にアフィニティーを持ち、O型のヒトは抗A抗体を持つので、SARS-CoV-2の感染を阻害できるということになります。この話に絡んで、自然抗体としての抗Tn(αGalNAc)抗体が少ないとSARS-CoV-2に感染しやすいという報告もあり、SARS-CoV-2とαGalNAcをめぐる相互作用が益々着目されます。

このような実験結果は、ACE2を中心にした感染モデル以外に、宿主細胞に発現するC-型レクチンとの相互作用や、SARS-CoV-2のNTDと宿主細胞に発現しているαGalNAcとの相互作用を引き金として感染が引き起こされるというモデルの存在を強く示唆し、更には、樹状細胞やマクロファージらに高発現するC-型レクチンを介したSARS-CoV-2の直接感染がサイトカインストームを引き起こす切っ掛けになっているのではないかという事を示唆します。

次にSARS-CoV-2に対する中和抗体の話に論点を移しましょう。COVID-19の回復期患者から得られる抗体は、RBDをターゲットドメインとしているものが約35%、NTDをターゲットドメインとしているものが約33%、という報告があります。このNTDをターゲットとする抗体の内、少ないですが、ペプチド部分のみでなく糖鎖修飾(LacNAcとそのα2-3Sia修飾)も同時に認識している抗体が存在しているとのことです、興味深いです。

IgGのコアフコース脱修飾がCOVID-19の重症化に関係しているという話は、更に面白いかもしれません。IgGのcore fucose修飾が減少すると、effector効果(ADCCやADP)が増強されることが知られており、これが良い方向に働けば、ウイルスの排除を加速することができます。しかし、新型コロナウイルスの場合には、IgGのcore fucoseの減少がサイトカインストームの引き金を引き、組織ダメージを与えてしまう場合があるようなのです。これはIgGとSARS-CoV-2の複合体がFcγ受容体と結合し、エンドソームで食細胞に取り込まれたウイルスが逆に食細胞に感染したということを意味しています。

このようにして、これらの研究結果は、糖鎖とレクチンとの阻害剤(多糖類やFc融合レクチン)、或いは糖転移酵素を狙った糖鎖修飾のコントロールもCOVID-19の治療に対して有効な手段になり得るのではないか?ということを教えてくれます。