前立腺がん治療の分子標的候補にFUT-8が浮上

Newcastle University Centre for Cancer, Newcastle University Institute of Biosciences, Newcastle, UKらのグループは、FUT-8 は前立腺がんの治療における分子標的となる可能性があると報告しています。
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC12086987/

本研究においては、FUT8は前立腺癌の進行の重要な因子であることが示されており、前立腺腫瘍におけるコアフコシル化のさらなる特徴解明の必要性が示唆されています。
前立腺がんの生物学的なFUT8の重要な役割を考えると、FUT-8が前立腺がん治療の分子標的となる可能性があると結論されています。

複数個のレクチンを使用して得られたLPSの糖鎖プロファイルに機械学習を適用して細菌種を同定するセンサー

Department of Chemistry, Pavillon Alexandre-Vachon, 1045, avenue de la Médecine, Université Laval, Quebec, Canadaのグループは、複数個のレクチンを用いたLipopolysaccharide (LPS)の糖鎖プロファイルとそれに機械学習と組み合わせた細菌種の検出法について報告しています。
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC12019741/

グラム陰性細菌の主要構成成分であるLPSの検出と分類は、医療、環境モニタリング、食品安全といった分野において根幹を成す重要な課題です。

本研究では、表面プラズモン共鳴(SPR)センサー上に固定化された2種類から7種類のレクチンパネルを用いた新たなアプローチが示されています。細菌固有の糖鎖結合プロファイルに基づき、機械学習手法と組み合わせることで、細菌種を高精度に同定できています。使用した機械学習手法は、ランダムフォレスト(RF)、k近傍法(kNN)、サポートベクターマシン(SVM)です。

このようなマルチプローブと機械学習手法を組み合わせた検出手法は、センサー構築における最近のトレンドと言えるでしょう。

潰瘍性大腸炎の患者ではシアル酸アセチル化が減少している

Center for Clinical Mass Spectrometry, College of Pharmaceutical Sciences, Soochow University, Suzhou, Jiangsu, Chinaらのグループは、SIAEを介したシアル酸アセチル化の減少が潰瘍性大腸炎の特徴となっていると報告しています。
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC12011031/

本研究では、質量分析法により、潰瘍性大腸炎患者のタンパク質および糖タンパク質の変化が健常者と比較されています。
潰瘍性大腸炎患者の組織ではシアル酸とそのアセチル化が減少しているのに対し、健常者ではシアリル化とO-アセチル化がより多くみられることが明らかになりました。

シアル酸は、特にアセチル化された状態では、免疫細胞間の相互作用を調節するメカニズムを通じて炎症を防ぎ、腸壁を有害な細菌から保護することで、腸内での過剰な免疫反応に対するバリアとして機能し、大腸において保護的な役割を果たしているとの見解です。

レクチンの応用は医療だけなのか?いや農業分野にも可能性はある!

Instituto de Química, Departamento de Química de Biomacromoléculas, Universidad Nacional Autónoma de México らのグループは、二枚貝から抽出される新しいレクチンのファミリー、mytilectin、について、その糖鎖結合特性と応用について報告しています。
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0141813025028909?via%3Dihub

レクチンは、医療的な視点から、腫瘍細胞を標的とするプローブ分子や治療薬として評価されてきました。本論文では、医療応用ではない他分野、即ち農業分野における植物病原菌に対する生物防除剤としてレクチンを使用することを提案しています。

本論文では、作物の収穫に大きな影響を与える2種類の真菌と2種類の卵菌に対するmytilectinの抗真菌および抗卵菌活性が示されています。Mytilectinは、真菌の Alternaria alternata と Fusarium oxysporum、および卵菌の Phytophthora capsici と Pythium aphanidermatum の成長を完全に阻害しました。特に、mytilectinが市販の抗真菌制御剤 (CAPTAN) よりも優れた阻害特性を示すことは注目に値します。

ヒト・レクチンを搭載するレクチンアレイの登場

Department of Life Sciences, Imperial College, London SW7 2AZ, United Kingdom のグループは、ヒト・レクチンを用いたレクチンアレイに関する論文を発表しました。
ヒト・レクチンを搭載するレクチンアレイ

本論文は、2023年8月27日~9月1日に台北で開催されたGlyco 26において口頭発表された研究が論文化されたものです。
39種類のヒト・レクチンがスライドグラス上に固定化されています。

現存するレクチンアレイ(LecChipなど)は、主に植物レクチンを使用しています。このタイプのレクチンアレイは、比較糖鎖プロファイリング解析を行う上にいては、十分強力です。しかしながら、ヒトと病原体との相互作用を解析するには、このタイプのレクチンアレイよりも、ヒト・レクチンアレイを用いた方がベターかも知れませんね。

Mx(emukk)誕生経緯

emukk.comのドメインを取得したのが、2020年7月19日のことです。ドメインの取得と共にGMOの共有サーバーを使ってMx(emukk)のホームページを開設しました。

Mxというロゴは、自分の名前のMasaoの頭文字Mに「無限を意味する”x”」をくっ付けたものです。これを「エムエックス」と呼ばせてしまうと、すでに同名の事業会社らが存在するため、「エムック」と呼ばせることにしました。このエムックをローマ字表記にして、まだ使用されていないドメイン名を探したところ、引っかかったのが「emukk.com」ということになります。

そして、自分が65歳になった同年の10月にグライコテクニカを退職し、個人事業主を桑名税務署に登記しました(グライコテクニカが倒産する約2年前のことです)。独立した時には、既にホームページがあり、サイトがGoogleやBingにインデックス登録されていて、検索すれば即座に出てくるという状態を作っておきたかったので、独立する数か月前にホームページの準備をしたということです。従業員を雇うことによるストレスや給与支払いなどの責務を回避するため、できる限りすべての業務は自分一人でこなして効率を最大化するつもりでした。つまり、当初は開発も製造も営業も経理も税務も全部自分でやるということです。経理は、経理ソフトが普通に売っているので、それを購入して使い方さえ覚えてしまえば、たいした苦にはなりません。面倒くさいのは税務ですが、これも国税庁のホームページや経理・会計事務関係の会社のサイト情報などを参考にすれば自分でできます。この部分を会計士とかに任せてしまうと、楽ではありますが、余計な費用は掛かりますし、税務(法人税、地方法人税、法人事業税、法人県民税、法人市民税など)をきちんと理解するためにも、最初は全部自分でやった方が良いと思います。とにかく、申告書類をもれなく作成して税務署や県税事務所や市役所に期日内に出すということがクレームを受けない為にも大切です。(任せる)→(楽だけど)→(分からなくなる)→(言われるがまま)→(費用がかさむ)というこの流れ(鉄則)を覚えておきましょう。

個人事業主を始めてびっくりするのが、国民健康保険の高さです。会社員として社会保険(厚生年金、健康保険、雇用保険など)に加入しているときには、半額が会社負担なのですが、個人事業主だと、それが全額自分に降りかかってきて負担が倍に増えるわけですから当然と言えば当然です。自分の場合、国民健康保険だけで、月に8万円も持っていかれてしまい、目が点になってしまいました。

個人事業主を始めて問題になるのは、やはり「社会的な信用度が下がる」ということと「累進課税」でしょう。社会的な信用度では、例えば、産総研から特許のライセンスを受けようとした時の事ですが、「ライセンスを受けられるのは法人のみであり、個人は対象外」と言って断られてしまいました。累進課税では、例えば、課税所得が1,800万円を超えると税率は40%にもなり、4,000万円をこえると最高税率の45%になります。市民税の負担なども考慮すると、半分以上税金で持っていかれる計算になってしまいます。これだけ持っていかれると、働いていることが嫌になってしまいます。

そこで、2023年の1月6日に、Mxを合同会社エムックとして桑名法務局に法人登記をしました。法人化するときに、株式会社にするか、合同会社にするか迷ったのですが、設立費用が安い、現段階では第三者からの投資資金を受けるつもりもない、ということで合同会社を選択しました。そして、会社が倒産する時の引き金になるのが負債の大きさなので、会社経営の基本として「無借金経営の実現」を据えました。

合同会社を登記するときに必要になる書類は、以下の通りです。
1.合同会社設立登記申請書
2.定款
3.社員名簿
4.社員の印鑑登録証明書
5.本店所在地決定書
6.資本金決定書
7.資本金の額の計上に関する証明書
8.払込証明書
9.現物出資に関する調査報告書
10.財産引継書
それに登録免許税金の6万円のみとなります(株式会社の場合は、15万円)。
これらの書類のフォーマットも、検索すれば雛形をダウンロードできると思いますので、すべて自分でできると思います。自分ですべて実行すれば、6万円以上に費用は掛かりません。これらの書類を収入印紙貼付台紙も含めて袋とじにして各ページのつづり目に契印をして法務局に提出します。尚、収入印紙には割印をしてはいけません。定款については、電子定款ではなく、紙ベースの定款で対応します。合同会社の場合は、定款認証を受ける必要はないので、定款認証の際に必要となる収入印紙代の4万円が不必要です。資本金には、現金のみでなく、現物出資を組み入れることができます。資本金の額の計上に関する証明書とは、出資金が幾らで、現物出資が幾らで、合計した資本金がこれこれです、という資本金決定書の内訳詳細を記した証明書です。現物出資をした場合には、その価値が適切であるかどうかを示す調査報告書が必要です。原則として裁判所が選任した検査役と呼ばれる専門家の調査を受ける必要がありますが、500万円以下の場合は検査役による調査は不要であり、発起人(出資者)の調査報告書で大丈夫です。財産引継書とは、その現物を発起人から設立する会社に確かに引き渡しましたよという証明書です。払込証明書とは、資本金を発起人が確かに振り込みましたよ、ということを証明する書類です。会社を設立する時には、会社の銀行口座というのはまだ存在しないので、発起人の個人口座に自分で出資金を振り込み、その時の振込依頼書と振り込まれたことが記載されている銀行通帳(表紙、見開き、該当明細記載箇所)をコピー添付し、加えて会社が確かに資本金を受領しましたということを証明する受領書をもって払込証明書とします。

「合同会社 設立」などをキーワードにして検索すると、よく「合同会社設立を手数料0円で代行」などというWebページが出てきます。この手のサイトは、結局、会計士や税理士との契約がセットになっているので、入口を無料にして後で儲けるスタイルになっています。会計士や税理士の利用を考えていない場合は、選択しない方が無難だと思います。何事も自分で勉強して行えば無料です。なお、会社設立に際しては、代表者印、社印、銀行印はどうしても必要になります。印鑑の作成費用はピンキリなので、見栄を張らずに適正価格の印鑑作成が良いと思います。

(印鑑三点セット:代表者印、会社印、銀行印は作らないと会社の登記や銀行口座の開設ができない)

会社を登記設立すると、以下の手続きが更に必要になります。期日があるので、注意しないといけません。
1.「健康保険・厚生年金保険新規適用届」「健康保険・厚生年金保険被保険者資格取得届」「健康保険被扶養者(異動)届」を従業員を雇用して5日以内に年金事務所へ申請
2.「労災保険」の加入手続きを従業員を雇用した翌日から10日以内に行う、「労災保険」は労働基準監督署へ、「雇用保険」はハローワークへ申請
3.「法人設立届出書、定款の写し、登記事項証明書(これは法務局で発行してもらいます)、社員等の名簿、設立時の貸借対照表」を設立から2カ月以内に税務署へ提出
4.「三重県の場合の法人設立届出書桑名市の場合の法人設立届出書、定款の写し、登記事項証明書」を設立から1か月以内に最寄りの都道府県税事務所と市役所、区役所などの市民税課へ提出
5.「青色申告承認申請書」を3カ月以内に税務署へ提出
6.「給与支払事務所等の開設届出書」を1か月以内に税務署へ提出
7.「源泉徴収の納期の特例の承認に関する申請書」を1か月以内に税務署へ提出
6. 随時、銀行に法人口座開設の申し込みを行う(法人口座が開設されるまでは、個人の口座を使用します、法人設立時の資本金振り込みも個人口座で問題ありません)
いずれの申請書類も検索すればダウンロードできるサイトがありますので、自分でできると思います。
自分の場合は、以上の申請や提出を全部ひとりでやり切りました。

法人を登記した時点では、その事業体は「免税業者」です。2期前の決算における課税所得が、1,000万円を超えると「課税業者」になります。設立した当初は、前期決算というのがないため、自動的に免税業者になるという分けです。但し、資本金の額または出資の金額が、1,000万円以上でスタートした場合には、最初から課税業者となるので気を付けましょう。免税業者でスタートできるのはありがたいことですが、2023年10月に「インボイス制度」という厄介な制度がスタートしており、「免税業者いじめ」になっています。インボイス制度がスタートしてから3年間は経過措置というのがあるので、少しは救いになりますが、この経過措置が終了してしまうと、免税業者でいること自体が社会的ないじめをもろに受けるようになると思います。なお、エムックは、2025年1月1日より(即ち3期目から)課税業者となりインボイス適格請求書発行事業者になっています。

インボイス制度の何が駄目か?①事務作業が増えます、②免税業者からの仕入れについては消費税分を差っ引けないので利幅が減少します、③それをもって免税業者に値下げを要求してはいけないとなっていますが、理屈に合いません、④なら、免税業者との取引は止めようとなります、⑤万が一赤字になれば、所得税はゼロにしてもらえますが、消費税については何の救済措置もありません、借金してでも納税ぜよ、つまり⑥理屈上は正しくても、実際の会社経営に対しては足を引っ張る法制度でしかない、ということです。

それはともかく、GlycoStation, LecChip, ToolsPro, SA/DL Easyに引き続く製品開発をエムックにおいても「糖鎖とレクチン」という切り口で進めています。いつの日か、この誕生秘話もMxブログに書く時が来るやも知れませんね。

GlycoStation誕生秘話(番外編:Europe)

欧州の市場開拓には、BioEuropeというバイオテクノロジーの展示会を良く使用しました。BioEuropeは、春と秋、年に2回場所を変えて開催されます。

グライコテクニカにとっては、Frankfurtで開催されたBioEurope2014とMunichで開催されたBioEurope2015というのはある意味大きなマイルストーンになっています。BioEurope2014では、オーストリアのウイーンにあるBiomedicaとVela Laboratories、フランスのオルレアンにあるGLYcoDiagとの運命的な出会いがあり、翌年にはBiomedicaとGLYcoDiagが欧州におけるグライコテクニカの代理店となりました。そして、Biomedicaの協力にて、Vela Laboratories内に「糖鎖プロファイリングの受託解析センター」が開設されました。

BioEurope2015では、GlycoStationとともに、iPS細胞用の培地「SODATT」を新商品として展示しました。この商品は、iPS細胞用の既存培地(StemFitなど)に対して、コスト競争力に焦点を当てて開発したiPS細胞用培地であり、Serum-free、Xeno-free、b-FGF/TGFβ-freeをキャッチコピーとしていました。本商品開発は、京大iCeMSからのライセンスを得て進めたものです。

残念ながら、本商品はiPS細胞の多能性維持という観点で不安定性があることが判明し、成功には至らなかったのですが、グライコテクニカの新商品開発という視点では一つのエポックメイキングな出来事となっています。

(Eden Noelが歌う)

なお、グライコテクニカの培地関連のビジネスは、合同会社エムックにて継承発展させており、iPS細胞用培地こそないものの、間葉系幹細胞用培地、EC細胞用培地、肝細胞用培地、上皮細胞用培地、間葉系間質細胞用培地、線維芽細胞用培地などが製造販売されています。

GlycoStation誕生秘話(番外編:精神安定剤)

社長の精神的な辛さというのは、経験してみないとなかなかピンと来ないものです。「今のやりかたのままで会社大丈夫かな?」大問題が発生したりすると寝れない夜が続いたりもします。

ある時、廣瀬が自分に教えてくれました。「高畠さん、山田さんが会社に居てくれるだけで安心剤らしいです」「え?そんなこと言ってた?」と自分は答えました。廣瀬は、もともと自分のモリテックス時代の友であり、竜野部長の下で営業アシスタントをしていました。彼女がモリテックスを退職するときに「山田さん、将来縁があったら、声かけてね」と頼まれていました。退職後、彼女が自助努力で簿記の資格を取っていたらしいことも聞いていました。そこで、GPバイオサイエンスを起業したときに経理担当が居なかったので、廣瀬のことを思い出して、高畠に「経理ができるいい人が居るんだけど紹介させてくれませんか?」と廣瀬のことを頼んでみました。江田駅近くにあるコメダ珈琲店で高畠夫妻に廣瀬を紹介しました。高畠は一目見るなり気に入ったようで、その場で採用されました。高畠は、「廣瀬の美貌に惚れた」のだと思います。

そんな成り行きで、廣瀬はGPバイオサイエンスとグライコテクニカにおいて経理担当として高畠から絶大な信頼を得ていました。高畠が憔悴している時に、彼女にぽろっと「自分の弱音」を話たんだと思います。それが「山田さんが居てくれるだけで安心剤なんだよね」という言葉だったのでしょう。高畠と自分の根底には確執があるのは間違いないのですが、困ったときに、「ブレない山田」が居てくれることが高畠には救いだったのだと思います。

2018年は非常に忙しく大変な年でした。AMEDから「再生医療等製品(脂肪細胞医薬品)の糖鎖プロファイリングを用いた品質管理システムの構築」という委託研究をもらっていたし、GLIの買収劇がありましたし、高畠の無駄にデカいお誕生日会もありました。個人的にもこの夏には愛犬のふうを無くし、11月には父親が他界しました。

同年9月のことです、「山田さんと一緒に海外出張するのもこれが最後かもしれないし、スイスアルプスを一緒に旅行しないか?」唐突に高畠がそう言ってきました。チューリッヒの空港でおりて、レンタカーを借り、高畠が自身で運転してスイスのGrindelwaldへ連れて行ってくれました。途中、高畠が車のタイヤを縁石にこすってパンクさせるというトラブルが発生したのですが、ともあれその日の内に何とかGrindelwaldに着くことが出来ました。高畠は「東芝時代に、お客様の接待で、ここに何回もきたんだよね、ここを山田さんに見せてあげたかったんだよ」と言いました。この時ばかりは、「この一瞬だけは」、確執は融解していたかも知れません。

(アイガー北壁が見えて来た、美しすぎる)

 2020年の10月、自分はグライコテクニカを退職し、「Mx:エムック」という事業体を桑名という地に登記しました。グライコテクニカの最期が近づいてきていることを感じていました。しかし、完全にグライコテクニカと縁を切った訳ではありません、同社の顧問となっていました。

そして、高畠と最後のお別れの挨拶をしたのは、2021年9月3日、湯河原温泉でのことでした。グライコテクニカが倒産する約1年前のことです。「高畠さん、今度いつ会えるか分かりませんが、どうぞお元気でお過ごしください」と言って別れました。そして、残念ながら、二度と彼に会うチャンスは訪れませんでした。「高畠さんが亡くなった」というニュースを聞いたのです。

(2014年6月、高畠夫妻との真鶴での思い出バーベキュー、グライコテクニカが平穏だった時代の追憶から)

GlycoStation誕生秘話(番外編:GLI)

GLIとは、Glycobiomarker Leading Innovationsの略にて、産総研発のベンチャー企業です。社長には、産総研出身の竹生氏が就任し、取締役には、成松先生、久野先生が名を連ねていました。GLIの基本的な事業内容は疾患糖鎖バイオマーカーの開発であり、診断薬や治療薬に繋がるバイオマーカーを権利化し、それを診断薬や創薬メーカーにライセンスや売却を行うことでの収益化を考えていました。この手の事業モデルでは、長い期間売上を立てることが出来ないので、VCや事業会社から投資資金を入れ続けるしかありません。具体的に何が直接的な原因になったのかは部外者の自分には不明ですが、GLIは、2018年9月に倒産してしまいました。

この一ヵ月程前になるでしょうか、久野先生から「GLIの従業員を何人か引き取れないか?」という相談を受けました。自分は経営者ですので、こう言われれば会社が危険な状態になっていることは直ぐに分かりますし、役員が従業員の行く末を気にして救済の道を探っていることもわかります。久野先生には本当にお世話になっていたので、「1名くらいなら何とかできるかも知れませんが、自分だけでは決められないので高畠社長と相談致します」と言って別れました。


(つくば研究支援センター(TCI)の中にGLIがありました)

早速、このことを高畠夫妻(社長と会長)に伝えました。この時期には、高畠は、GPバイオサイエンスの自己破産に伴う自粛期間をへて、堂々とグライコテクニカ会長を名乗っていました。GPバイオサイエンスを倒産に追い込んだ「あの経営スタイル」がグライコテクニカに舞い戻って来ていたのです。なんて運命ってこれほどにも皮肉なんでしょう。2018年4月から1年間の計画で、自分は成育医療研究センター、ロート製薬とタッグを組んだ大型のAMED助成金を獲得することに成功していました。「再生医療等製品(脂肪細胞医薬品)の糖鎖プロファイリングを用いた品質管理システムの構築」という委託研究開発事業です。総予算は、5,200万円でした。この潤沢な資金があったことが高畠を狂わせたのです。「それ、売上でなく、委託研究開発費だよ、分かってんの?」高畠は「自分が安く、GLIを買収してやろう」と言い出しました。オーナー会社というのは非常に厄介です。上場しているモリテックスでさえも、起業者の森戸会長の影響力は強烈でしたし、それを排除するためには会社をつぶしてしまうくらいの大きなお家騒動が必要なのです。ましてや上場していない企業となると、役員とは名ばかりで、オーナーの言うことには逆らえないという雰囲気になってしまいます。当時のグライコテクニカは、VCからの投資金は一切受けず、自己資金と借り入れのみで運営されていましたので、物言う株主がおらず、会長の暴走を止められなかったということです。逆に言えば、VCからお金を入れてしまうと思うようにできなくなるので、借り入れのみにしたということです。

その結果、自分が獲得した多額の委託研究開発資金が、GLIの買収と従業員が増えることによる固定費の増加を補うために使われてしまい、結果、何と1,355万円もの委託研究開発資金が未使用となってしまいました。委託研究開発資金は、計画通りに使用することが鉄則です。万が一未使用分が出た場合には、翌年度の8月末までにそれをAMEDに戻す必要があります。助成金の不正使用などを行ったらその研究者や組織はお終いです。
高畠晴美社長に「助成金は契約通りに使用しなければいけない、目的外使用は厳禁です」、「絶対に未使用分は返済する必要があります」と念を押しました。「しかし、そう言われても返すお金がないの、AMEDに分割支払いに出来ないか聞いてみて欲しいの」こんなことを言いだしました。「なんなんだこの言いぐさ、事の重大さを分かってるのか?これでも社長か?」と思いつつ、社長命令なので仕方ない、AMEDに聞くだけは聞こうと電話をすると、案の定「委託研究開発費は先払いしてあるんだから、未使用が出ても払えないなどと言うことはあり得ない、払えないということは目的外に使用したということですよね、分割なんてできませんよ、予定通り返済してください」と言われてしまいます。

社長は、結局借り入れをして未使用分をAMEDに返済し、とりあえず事なきを得るのですが、会長は「未使用が出るのはお前の計画がおかしいからだ、多額の借金をしなくてはいけなくなったんだぞ、会社の危機だ」と山田に責任転換してきました。「この人どういう神経してんの?」自分ははらわたが煮えくり返りました。「委託研究開発資金が未使用になったのは、お前の目的外使用のせいだろうが」

この買収によって、グライコテクニカの固定費は一気に倍増、しかも売上は従来のグライコテクニカのそれと変わらず、一気にキャッシュフローが悪化していきます。GLIの事業モデルは前記したようにグライコテクニカのそれとは異なるので、売り上げなど急には増えないのです。分かり切った通りなのに、高畠はそんなことももう判断できなくなっていました。GLIを安く買収できたことに喜んでいました。そして、この後、グライコテクニカは坂を転げ落ちるように経営状態が悪化し、2022年8月、グライコテクニカが倒産してしまうのです。


2018年というのは、高畠夫妻にとっては、GPバイオサイエンスからグライコテクニカを通しての栄華のピークだったのかもしれません。高畠会長の無茶盛大なお誕生日会も開かれました。時期を合わせて開催されたこの年の株主総会後には、盛大な野外バーベキュー大会が開かれました。この大宴会には、自分の家内も息子も招待されていました。それはそれで楽しい思い出なのですが、この後、恐ろしい下り坂が待っていたのは上記した通りです。



真鶴オレンジフローラルファームにて、グライコテクニカのBBQ大会)


(無茶嬉しそうな高畠会長、白のジャケットを着用、左の女性はオペラ歌手の三堀美和さん)

(お誕生日会にオペラ歌手のロベルト・ボルトルッツィさんを呼ぶ、散財しすぎだろ)

GlycoStation誕生秘話(番外編:再生医療)

GlycoStationの三大アプリケーションの一つが「再生医療における幹細胞の品質管理」であると考えました。何故ならば「糖鎖は細胞の顔」と呼ばれるくらい細胞の状態に非常に敏感であり、当時既に見つかっていた幹細胞マーカーはすべて糖鎖抗原だったからです(Tra-1-60, Tra-1-81, SSEA-3/4)。

糖鎖に関する研究メッカは世界に幾つかあります。代表的なそれが日本の産総研と米国のCCRCです。しかし、ことレクチンアレイに関しては、産総研が世界のTOPランナーです。NEDOの糖鎖構造解析技術開発プロジェクト(SGプロジェクト)の後継として、2006年4月にはNEDOの糖鎖機能活用技術開発プロジェクト(MGプロジェクト)が走っていました。この動きの中で、レクチンアレイの応用のひとつとして幹細胞が取り上げられており、MGプロジェクトのメンバーである成育医療センターの梅澤先生らが、間葉系幹細胞やES細胞を用いてその先駆的な研究を進めていました。この動きは、2007年10月に発足したNEDO先導研究(糖鎖プロファイリングによる幹細胞群の品質管理、安全評価システムの研究開発:TRプロジェクト)として発展し、2009年4月にはNEDO iPS等幹細胞産業応用技術開発プロジェクトがスタートしています。2010年4月には、産総研に幹細胞工学研究センター(センター長は浅島先生)という組織も出来上がっていました。山中先生によるiPS細胞の発明が2006年8月ですから、この偉大な発明がこれらの動きの後押しとなったことは言うまでもありません。

そして、レクチンアレイを用いた幹細胞評価を全世界の潮流とすべく、2009年7月にバルセロナで開催されたISSCR2009において、梅澤先生らの「レクチンアレイの間葉系幹細胞への応用に関する研究」が発表されました。この研究発表をサポートする形で、GPバイオサイエンスは単独でISSCR2009に展示ブースを設けてGlycoStationの再生医療分野向けの販促活動を開始しました。この年の9月には、幹細胞マーカーの世界的権威であるエジンバラ大のPeter Andrews先生を梅澤先生とともに訪問し、レクチンアレイを用いた幹細胞評価の共同研究を打診しました。


(ISSCR2009:デカい顔しすぎの説明員、説明員は立っているものだ!)

(ISSCR2009: 控えめな展示者、永富)

米国については、まずはScrippsのJeanne Loaring先生に白羽の矢を立てて販促活動を開始しました。自分がJeanneを訪問した時には、彼女の研究の主眼はiPS細胞のエピジェネティックスでありました。京大CiRAの山中先生とも既に共同研究を開始しているようでした。「あら、先週はShinyaが来てたのよ」「糖鎖って、研究してないし私は分からないけど、面白そうね、やってみるわ」って話になってポスドクを研究担当に指名してくれました。当時、ScrippsのJames Paulson先生のラボにGSR1200を貸し出してありましたので、LecChipを購入してもらって、PaulsonラボのGSR1200を使ってもらうことにしました。


(Scripps:Center for Regenerative Medicine、左下に腰かけている小川がいる)

それから少し後にJeanneを再訪問すると「Masao、すごい、GlycoStationですべての幹細胞を一つの間違いもなく分類・同定できたよ」「直ぐに論文を書く、三カ月以内に必ず書く」って興奮し切った様子で話してくれました。評価したiPS細胞の中には、京大CiRAで樹立した株も含まれていました。つまりScrippsと京大CiRAの共同研究だったわけです。自分もうれしくなって帰国したのですが、それから三カ月後、Jeanneから予想だにしない「怒りのメールと電話」が来たのです。
「Masao、論文をCellに投稿したら、似たような論文が既にあるからRejectする、って言われた」「どうなってんのよ、他にも同じようなことをやらせてるんなら、先に言いなさいよ」頭から湯気が出ているのが見える様でした。CiRAからも同じようなクレームを受ける羽目になりました。
「え?だって最初に訪問してGlycoStationの話を説明したときには、ISSCR2009のポスター発表を使ったし、他に同じようなことをやってるところがあるのは分かってたはずでしょ」って口から出そうになったのですが「火に油を注いでしまうので」グッとこらえました。不味かったのは、Jeanneの論文に対する先行論文に自分の名前が入っていたことです。自分の名前が著者に無ければ、「え?そんな論文が投稿されてたなんて、自分は全く知りませんでした」ととぼけられます。
その論文は、「Lectin microarray analysis of pluripotent and multipotent stem cells」です。成育医療センターと産総研の共同執筆論文でした。そして、著者の中に山田と小川が含まれていたのです。この論文が出版されたのは2011年1月のことです。恐らく、論文を投稿したのは少しの時間差だったろうと思います。査読者がJeanneとShinyaの論文をRejectしたというのは行き過ぎのように思います。ノーベル賞競争でも、論文投稿の時間差で敗北したっていう話は山ほどあります。論文が誤ってるならまだしも、Rejectはやりすぎだと思います。だってとても素晴らしい論文だったのですから。その背景には、研究者間の競争が強く働いていたような気が自分にはします(あくまで自分の想像です)。

Jeanneらの論文は、それから遅れて2011年6月にランクの少し下がったOpenジャーナルから出版されました。
その論文は「Possible linkages between the inner and outer cellular states of human induced pluripotent stem cells」 であり、Scrippsと京大CiRAとの共同研究になっていました。

このドタバタ騒ぎのお蔭で、購入して貰えるはずだったGSR1200は、Scrippsから追い出されてしまい、CiRAの参入障壁もアイガー北壁のようになってしまいました。日本のiPSを中心とする幹細胞研究の予算は、益々CiRAへの一極集中が強まる傾向を示していましたから、GlycoStationの再生医療分野への参入はこれによって息の根を止められたも同然でした。なんて運命って皮肉なんだ!

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