環境再生型農業の実現

坂智広(横浜市立大学 木原生物学研究所 教授)と山田雅雄(エムック代表)がタッグを組んで、地球規模の課題である環境再生型農業の実現に向けてチーム アグロホロビオントを立ち上げたのが本件の発端でした。

地球規模での気候変動により、土地の砂漠化が進むところもあれば、洪水で苦しむところもあり、海面上昇によって塩害が拡大しているところもあります。世界の人口増加に伴い、食料増産の為に投入される化学肥料の需要は増加の一方ですが、ロシアとウクライナの戦争により世界有数の肥料輸出国からの輸出が停滞し、需要と供給のアンバランスから、現在半端なく肥料が高騰してきています。まさに、世界は未曽有の食料危機に直面しようとしているのです。私達の目的は、環境再生型農業を実現することによって、世界の食料危機を救うことにあります。

世界の食料供給に関して歴史を少し遡ると、1940年代から1960年代にかけて「緑の革命」と呼ばれる農業の生産効率を高めた大変革期がありました。しかしながら、多量に投入される化学肥料は、実際に植物によって吸収される量は投入量の3割がせいぜいであり、大部分は環境に流れ出て、大気や河川の汚染、酸性雨、温暖化、耕土流亡、生物多様性の減少らを引き起こし、地球規模での環境問題を引き起こす切っ掛けとなってしまいました。もちろん、現在の地球環境問題には、エネルギー問題も大きく絡んでおり、緑の革命のみが責められるものではありません。CO2排出に対する農業の占める割合は1/4だと言われています。

従って、この問題を根本的に解決するためには、「新たな緑の革命」が必要なのです。新たな緑の革命とは何か?それは、従来型の大量の化学肥料や化学農薬の投与を止め、肥沃な土壌を実現することによって、循環型の食物生産体系を作り上げることなのです。新たな緑の革命を進めることにより、炭素固定が進みます。即ち、温暖化の原因となる大気中のCO2が植物の葉から取り込まれ光合成によりグルコースのような炭水化物として炭素が固定化されます。植物によって合成された炭水化物は、根からの分泌物として(糖類、有機物として形を変え)土壌へと循環します。これら分泌物は、土壌に存在する微生物を増殖させ、その結果、植物に必要なアミノ酸の元となる窒素の固定が進み、土壌中の栄養素(リンやカリウム)の可溶化も進むことで肥料の利用効率が上昇します。更には、根圏に存在する善玉菌がそのテリトリーを拡大し、植物病原菌を抑える抗菌物質や植物成長ホルモンらを代謝物として根圏に分泌することで、植物の成長をも促進してくれるのです。根圏微生物が分泌するバイオフィルムがその高い保水能力によって植物を干ばつに強くするという側面も忘れてはなりません。

根圏は、裏返した腸と同じなのです

肥沃な土壌とは、このようにして、微生物と植物との豊かな共生関係が存在している土壌なのです。従来型の農業は、水はけ、水持ち、通気性といった土壌の物理的側面、pHや肥料成分のバランスといった化学的側面の管理に偏りすぎていて、土壌微生物の多様性、共生関係、物質循環といった生物性の側面が十分に管理されていません。

土壌の三要素:物理性、科学性、生物性

多様で豊富な根圏細菌がいるということは土壌の頑健性の証でもあり、環境変動に対して強くなります。植物の根からの分泌物は、植物の種類によって異なりますが、同じ種でも栽培された品種と野生種では異なります。このような植物の遺伝的な違いは根圏細菌叢の構成に影響を与えますし、その構成は土壌環境によって更に変化を受けます。従って、植物にとっての肥沃な土壌とは画一的なものではなく、個々の植物に対して最適な根圏細菌叢を誘導してあげることが究極的な「新たな緑の革命」となります。

一般的な傾向として、植物に対する善玉菌と呼ばれるものには、Pseudomonus、Bacillus、Enterobacter、Serratia、Oxalobacteria、Streptomyces、Arthrobacterらがあります。また、植物に対する善玉真菌と呼ばれるものには、Gromus、Gigaspore、Rhizophagus(AM菌)、Rhizopus、Rhizoctonia、Tricoderma、Streptomyces(放線菌)らがあります。

さて、根圏細菌叢には腸内細菌叢と同様に、膨大な種類の細菌が存在しており、これを制御しようとする場合には、根圏細菌叢は典型的な複雑系ですから、その特徴抽出を行うことが早道です。研究現場では、根圏細菌叢の網羅的16S rRNAリード解析と、得られるビッグデータを駆使したコンピュータ解析から、そこにひそむ目に見えないパターンをあばき出して可視化する、こういう手法をとることができます。しかし、費用と掛かる時間は馬鹿になりません。そんな手法が現場で使えるでしょうか?誰でもが簡単に使える技術でないと事業としては成功しません。誰でもが使えるという事は、安い技術でなければなりませんし、即座に結果が得られるものでなくてはなりません。エムックは、この点に着目し、「安くて、速くて、高感度で、簡単な」光バイオームセンサー(OBS)を開発しました。ちなみに、OBSの物理的な大きさは、スマホサイズです。

激安OBSの開発:画期的な低価格化技術を投入、写真のOBSは機能試験用として試作した1号機

試作したOBSにおいては、製造原価を5,000円レベルにまで落とせる画期的な低価格化技術が使われています。ちなみに、2022年9月14日に、この基本特許の申請を済ませています(特願2022-146003)。本センサーは、安かろう、悪かろうという製品ではなく、従来より各種光ファイバー型センサーが開発されていますが、それらに対して性能が劣るものでは決してありません。光学系の工夫により徹底的な部品点数の削減と高感度化が施された結果なのです。

このOBS試作センサーを用いて、代表的な根圏善玉菌であるバチルス菌を測定した実例が下記になります。縦軸の数値は、光検出デバイスの電流をトランスインピーダンスアンプにて電圧変換した戻り光の信号強度(mV)を示しています。光ファイバーのセンサー端面をバチルス菌溶液につけると信号はリニアに上昇し始め、15分後には飽和点に達していることが分かります。この実例に示すが如く、本OBSは、激安でありながら、対象物をきちんと捕捉できており、しかも15分という短時間で測定することができていることを示しています。ちなみに、サンプル溶液には一切の前処理は不必要であり、誰もが簡単に使用することが可能です。光ファイバーセンサー端面に固定化するプローブを変更すれば、違った細菌種をとらえることが可能であり、試作機2号機では、光ファイバーセンサーを簡単に交換することができるように設計されています。このようにして、OBSは、根圏の善玉菌をあたかも体温計を使うかのように捕捉することができるのです。根圏細菌叢の検出に特化した光バイオームセンサーを、rOBSと略記することに致しましょう。

OBSによるバチルス菌の測定

さて、次なる問題は、如何にして根圏細菌叢を制御するか?ということです。それには、バイオスティミュラントを使います。バイオスティミュラント自体は、かなり昔から植物の成長を促進する、或いは植物を病気に対して強くするということで、いろいろな商材が出回っています。バイオスティミュラントの効果は、それぞれに違いますが、典型的な例として、アオウキクサ発酵堆肥のバイオスティミュラントでは、善玉菌が誘導されることが分かっています。下図は、それによって誘導された善玉菌が、植物病原菌であるフサリウムに対して抗菌作用を発揮することを示しています。

フサリウムに対する抗菌作用を善玉菌が示す

ここで皆様は、疑問に思われるかも知れません。「バイオスティミュラントってそれなりに昔からあるのであれば、何でもっと使われていないの?」。それは、根圏細菌叢というものは画一的なものではなく、植物によっても、遺伝的形質によっても、環境によっても、単作なのか、間作なのか、そういった多様な影響の結果、根圏細菌叢の構成はバラバラだからです。ヒトが病気になって病院に行った時のことを思い出しましょう。お医者さんはいろんな検査をして、病気の原因がどこにあるかを見定めた上で、最適な処方箋を出します。そして、経過を見て、必要ならば再検査をして、処方箋を変えてきます。根圏も同じです、根圏細菌叢がどうなっているのかを調べもせず、バイオスティミュラントをアプライしたら、効く場合もあれば、効かない場合も出てきます。当然ですよね。相手を知らずに処方しているわけですから。ひょっとしてドーズが違っているだけかもしれません。いや、的外れなバイオスティミュラントをアプライしているかも知れません。

「新たなる緑の革命」は、光バイオームセンサーとバイオスティミュラントが一体となることで初めて可能となるのです。私達は、このようにして、三年後、「新たなる緑の革命」の先導者になることを目標に、着々と地に足がついた成果を積み上げているのです。

OBSがバイオスティミュラントの世界に革命を起こす。16S rRNAリードによる根圏細菌叢の解析と、レクチンアレイと糖鎖プロファイラー(GSL2200)を用いたプロファイリング解析により、根圏細菌叢の状態を特徴化し、その特徴を最もよく捕捉することができるプローブを選別しデータベース化する。それらのプローブをMBSに搭載することで、安価に、速く、簡易に、根圏細菌叢の状態をOBSで感知することができるようになる。

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