新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に感染しても発症しないようにすればよい:ウイルスとの積極的共存の可能性について、ウイルスに打ち勝つ術

常々ブログ著者が考えていることと同じような内容が下記の論文に書かれていましたので、それを参考にしながら記事にまとめてみました。
A group from Central University of Tamil Nadu, etc.
https://academic.oup.com/femspd/article/79/1/ftaa076/6027506

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に感染しても無症状者がかなりの割合で存在します(80%に達するという報告もあります)。一般的にSARS-CoV-2に感染して発症するまでの潜伏期間は、5,6日ですが、14日に及ぶ場合もあります。しかし、無症状の場合は、平均19日と潜伏期間が長くなるようです。

SARS-CoV-2に感染すると、STING経路が活性化され、NLRP3インフラマソームの活性化がそれに追い打ちをかけて、IL-1β, IL-18, TNF-α, IFN-γ, IL-6らサイトカインの産生を過剰に促し、サイトカインストームを引き起こします。しかしながら、コウモリは、各種ウイルスのリザーバーでありながら、自身は発症しません。コウモリの場合は、その進化の過程において、次のような特徴を備えることでウイルスと共存していると考えられます。
(1)単球におけるNLRP3インフラマソームの過剰な産生が抑制されている、
(2)PYHIN遺伝子欠損により外因性DNAを検知する能力が低下している、
(3)抗炎症性サイトカインIL-10の分泌が多い、
(4)NK細胞に機能性キラー細胞Ig様 (KIR)受容体, キラー細胞レクチン様(KLR)受容体が欠損している。

ヒトの無症状者の場合は、炎症性サイトカインのレベルも低く、SARS-CoV-2特異的なIgGもかなり低いということが分かっています。つまり、無症状であるということは、免疫反応が弱いことの結果とも考えられます。また、逆に、無症状である理由の一つには、通常の風邪のコロナウイルス(229E, HKU1, OC43, NL63)に対するIgGの交差反応の結果という考えもあります。

ウイルスとの積極的共存という意味において、コウモリで発見されたメカニズムは、ヒトにおけるCOVID-19に対する治療戦略の開発を示唆している可能性が高いと思われます。それこそがウイルスの脅威から生き残る知恵なのかもしれません。

アガラクト(i.e., GlcNAc)結合特異性を持つレクチン:BLL、PVL、GSL-II、そしてBGL

複合型糖鎖において末端のGal修飾を欠く糖鎖(すなわちアガラクト型:末端GlcNAc)は、自己免疫疾患などで良く見られる糖鎖構造です。アガラクト型を認識するレクチンには、下記のように、BLL, PVL, GSL-IIらが知られています。BLLとPVLはキノコ由来であり、GSL-IIはマメ科レクチンです。

Boletopsis leucomelaena(クロカワ):BLLレクチン

 

 

 

 

 

Psathyrella velutina(ムジナタケ):PVLレクチン

 

 

 

 

 

 

Griffonia simplicifolia(バンデリア豆):GSL-IIレクチン

 

 

 

 

 

 

New England Biolabs, Inc.のグループは、クロカワキノコの北米における同種キノコ(Boletopsis grisea)の遺伝子配列を明らかにし、recombinant lectin (rBGL)の糖鎖結合特異性を糖鎖アレイを用いて評価しました。興味深いことに、rBGLは、アガラクト型N型糖鎖にアフィニティーを持つ以外に、O型糖鎖であるThomsen–Friedenreich 抗原 (TF-antigen; Galβ1,3GalNAc-α-)にもアフィニティーを持つことが明らかとなりました。アプリケーションによっては、このO型糖鎖への結合性を生かせるかも知れません。
https://www.nature.com/articles/s41598-020-80488-7

キチナーゼ3様タンパク質(CHI3L1/YKL-40)が新型コロナウイルス(COVID-19)の新規創薬ターゲットとなり得る

Brown Universityらのグループは、キチナーゼ3様タンパク質(CHI3L1/YKL-40)が新型コロナウイルス(COVID-19)の新規創薬ターゲットとなり得ることを報告しています。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33442679/

新型コロナウイルスに感染しても大多数は無症状か軽症ですが、10~20%は入院を余儀なくされます。特に興味深いのは、COVID-19の重症化は、年齢や合併症の存在(糖尿病、高血圧、肥満、メタボリックシンドローム、心血管疾患、COPDや喘息など)と深く関係しているということです。CHI3L1は、炎症や疾患によって様々な細胞から分泌され、免疫応答の調整に関与し、細胞のアポトーシスを保護することも知られています。興味深いのは、CHI3L1は、年齢やCOVID-19のリスクファクターである合併症の存在で分泌量が増大するということです。そこで、著者らは、CHI3L1とCOVID-19の感染でキーファクターとなるアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)、タンパク分解酵素(TMPRSS2)、リソソーム内加水分解酵素カテプシンL(CTSL)の関係性に着目しました。

マウスを用いたin vivoでの実験では、CHI3L1を高発現させると、ACE2, TMPRSS2, CTSLの発現も有意に上昇しました。Calu-3肺上皮細胞を用いたin vitroの実験では、CHI3L1のドーズと共にACE2, TMPRSS2, CTSLが単調に増加することが示されました。また、CHI3L1のモノクロナール抗体であるFRGを投与すると、ACE2, TMPRSS2, CTSLの発現が抑制されることも示されました。COVID-19の患者において、その重症度とCHI3L1の間には、有意な相関関係があることも示されました。

これらのことから、CHI3L1がCOVID-19の治療において、創薬ターゲットになり得るということが強く示唆されます。今後の研究を期待しましょう。

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染阻害に、予想外にIgMが大きな役割を果たしている

University de Montreらのグループは、新型コロナウイルス(COVID-19)の回復期患者=25名の血漿を用い、IgM, IgA, IgGのSARS-CoV-2中和活性を相対評価した結果を報告しています。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33596407/

アイソタイプ特異的なリガンドを固定化したビーズを用いて、IgM, IgA, IgGをそれぞれ選択的に除去します。それぞれが除去された血漿に対して、SARS-CoV-2の疑似ウイルスの阻害希釈(ID50)を評価した結果が下図です。IgMの除去血漿では中和活性が5.5倍減少、次点はIgGの除去で4.5倍減少、IgAの除去は2.4倍という結果。IgMは、全免疫グロブリンの5%にしか過ぎないことも考えると、以外にもIgMの中和活性が大きいことが分かります。

2020年後半から新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の20G系統樹にQ677変異が急増している

University of Bern, Switzerlandらのグループは、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の20G系統樹(B.1.2)において、Q677に変異が入った株(Q677PとQ677H)が米国で急激に増加していることを報告しています。この変異はfurin cleavage site近傍に存在する為、感染力への影響が考えられますが、詳細な研究は今後の課題になります。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33594385/

新型コロナウイルス(COVID-19)の患者では、腎臓に過剰な補体の活性化が起こっている

Friedrich-Alexander-University (FAU) Erlangen-Nürnbergらのグループは、新型コロナウイルス(COVID-19)の患者では、腎臓に過剰な補体の活性化が起こっていることを報告しています。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7878379/

COVID-19は、急性呼吸窮迫症候群 (ARDS)を引き起こしますが、肺以外に循環器や腎臓にもダメージを与えます。腎臓の場合は、糸球体や尿細管が損傷を受けるようです。補体が過剰に活性化されることで、過剰な細胞膜障害性複合体(MAC)が糸球体や尿細管組織にダメージを与えると考えられます。
下表は、コントロールに対して、COVID-19と代表的な腎臓疾患での補体発現量の比較を示しています。

 

ATI:急性尿細管傷害
HUS:溶血性尿毒症症候群
DIC:播種性血管内凝固症候群

筋形成における糖鎖とレクチンの役割:Galectin-1が筋形成を促す

The University of Melbourneらのグループは、骨格筋の成長における糖鎖修飾の変化を経時的に調べると同時に、Galectinの役割について研究しています。
https://www.mcponline.org/article/S1535-9476(20)35144-6/fulltext

筋形成においては、末端di-Galが減少、α2-6Siaが増加、α2-3Siaが減少、paucimannoseが増加する、というような傾向がみられます。これらの変化は、筋形成における細胞間信号伝達に関わっているものと考えられますが、具体的なシグナルパスについては不明です。一方、糖鎖修飾を認識するGalectinについては、Galectin-1の発現が上昇し、Galectin-3の発現が減少するという傾向がみられました。
生まれたばかりのネズミを使い、左足には空のmultiple cloning site(MCS)をAAV6で遺伝子導入し(Controlとして使用)、右足にGalectin-1の遺伝子LGALS1をAAV6で遺伝子導入し、42日後に違いを比べてみると、LGALS1の導入で筋肉量が有意に増加したとのことです。即ち、Galectin-1が筋形成を促すという働きを持つことが分かります。
なお、下図でLGALS1の比較として参照されている14-3-3タンパク質ですが、細胞間シグナル伝達に関係しており、タンパク質の特定の配列内にあるSer/Thr残基をリン酸化依存的に認識捕捉し,そのリン酸化状態の生理的機能を発現させる役割を担っています。

乳癌や卵巣癌に対するGalectin-3を標的とする治療薬の有効性

Memorial Sloan Kettering Cancer Center, New Yorkらのグループは、乳癌や卵巣癌に対するGalectin-3を標的とする治療薬の開発について報告しています。
https://www.nature.com/articles/s41598-021-82686-3

卵巣がんや乳癌などでは、CA125エピトープを持つMUC16と名付けられたムチンが高発現しています。ムチンはO型糖鎖の修飾を強く受けており、末端部にはpoly LacNAc構造が付加して糖鎖が伸長している場合もあります。Galectin-3(Gal-3)は、poly LacNAcにアフィニティーを持ち、それ故、Gal-3はMUC16に糖鎖を介して結合します。Galectin familyは多様な機能を持ちますが、MUC16は癌細胞との関係が深く、癌の増殖や浸潤に関係しているとされています。

著者らは、Gal-3に対するモノクロナール抗体(14D11)を用いて、卵巣がんや乳癌に対するGal-3の阻害効果をin vitroおよびin vivoで評価しました。Gal-3とLacNAcのKd値は~0.2mMであり、Gal-3と14D11のKd値は~14.6nMでした。従って、14D11の方が13,000倍程強いアフィニティーを持つことになります。

MUC16を高発現するふたつの卵巣がん株(A2780, SKOV3)をマウスに移植し、14D11投与の効果を生存率で比較したものが下記です。

また、乳腺癌細胞(MDA-MB-231)をマウスに移植し、14D11投与の効果を比較したものが下記です。これらの実験結果は、Gal-3の阻害によって癌の増殖を抑えることができることを如実に示しています。

ベンサミアナタバコ(N. benthamiana)で発現させたリコンビナントACE2-Fc融合タンパク質を新型コロナウイルスの治療に使う

UC Davisのグループは、新型コロナウイルスの治療薬としてACE2-Fc融合タンパク質を使うというアイデアを提唱していました。
https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0237295

Chulalongkorn University, Bangkok, Thailandらのグループは、ACE2-Fc融合タンパク質を実際にベンサミアナタバコ(N. benthamiana)の葉で発現させ、in vitroにて、SARS-CoV-2の阻害効果を実証して見せました。Vero細胞にSARS-CoV-2を感染させ、その後ACE2-Fc 融合タンパク質をアプライした場合、阻害効果として0.84 μg/ml (IC50)を得たという事です。何故植物を使ったのでしょうか?彼らに寄れば、植物を使うことのメリットは、ローコスト、生産のスケーラビリティー、そして動物やヒト由来の病原体を持っていないからだ、としています。
https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fpls.2020.604663/full

Arrayed Imaging Reflectometry (AIR) platformに形成した糖鎖アレイを利用したインフルエンザウイルスの型判別

Univ. of Rochesterのグループは、インフルエンザウイルスのヘマグルチニンのサブタイプ、及びノイラミニダーゼのサブタイプを簡易に見分ける方法として、Arrayed Imaging Reflectometry (AIR) platformの上に各種糖鎖を固定化したセンサーチップを開発し、利用しています。
https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.bioconjchem.0c00718

ここでの興味の中心は、上記の応用例よりも、むしろ、Arrayed Imaging Reflectometry (AIR) platformとは何ぞや?という点にあります。このplatformは、Benjamin Miller Lab., Univ. of Rochesterによって開発されたもののようです。原理は物理的に非常に簡単でして、鏡面のSi基板上に薄い酸化膜を成長させ、酸化膜の上面と下面(即ちSiO2/Si界面)で反射された光の干渉効果を利用するものです。基板上に斜め入射した光が干渉効果で無反射となる反射条件を決めておき、基板上に固定したプローブとアプライしたリガンドが反応することで反射光の相互干渉に変化が起こり、反射光が現れるという現象を利用するものです。従って、SPRと同様にサンプルへの蛍光ラベリングが必要でないという利点もあります。問題はやはり感度でしょうか?しかし、上記の例では、SPRと同等以上と述べています。
https://www.urmc.rochester.edu/labs/benjamin-miller/projects/arrayed-imaging-reflectometry.aspx