糖鎖は、核酸、タンパク質に次ぐ第三の生命鎖として注目されていることは周知の事実であります。
糖鎖の主な機能とは、(1)細胞認識、(2)細胞接着、(3)シグナル伝達、(4)タンパク質の機能調整、そして(5)免疫応答であると言われます。恐らくこれらの根幹にある機能は、自己と非自己の認識機能であると考えられます。糖鎖は細胞の顔と言われるように、細菌やエンベロープ型ウイルス、正常細胞と癌細胞、そしてまたES, iPSといった幹細胞らで大きく違っています。このような糖鎖の違いを認識する機能分子としてレクチンが存在しています。レクチンには、細胞膜上に発現するものと分泌型のそれがあります。細胞膜上に発現するレクチンの代表例は、C-型レクチンやSiglecであり、分泌型レクチンの代表例には、血中に存在するMBLやフィコリンがあります。C-型レクチンとしては、DC-SIGN, Langerin, Dectin-1, MGLなど数多くの種類が知られていて、その基本的な機能は、外来異物の糖鎖を認識し、自然免疫反応を誘起することであります。Siglecの場合は、発現する細胞はほとんどが免疫細胞であり、シアル酸を認識して免疫作用の調製に関与します(癌治療において、SiglecがPD-1同様に免疫チェックポイント分子になっていることが良く知られています)。MBL(これもC-型レクチンですが)らの分泌型レクチンは、血中を流れる外来異物の糖鎖を認識し、補体経路を活性化して自然免疫反応を誘起しています。
細胞接着という観点での代表例は、炎症が起こった時に血管内皮に発現するP-セレクチンと白血球上のシアロ糖鎖との相互作用、癌の転移能に糖鎖が関わっていること、更にはウイルスの感染と言った事例を上げることができます。最も代表的な例がインフルエンザウイルスの感染であり、ウイルスの持つヘマグルチニンと宿主細胞のシアル酸が結合することで、ウイルスエンベロープと宿主細胞間の細胞膜融合が誘起されます。SARS-CoV2の場合には、ウイルスのRBDと宿主細胞のACE-2が結合することが細胞膜融合を誘起するとされていますが、宿主細胞のC-型レクチンにSARS-CoV2の糖鎖が結合することで感染が誘起されるという経路も知られています。
シグナル伝達とタンパク質の機能調整ですが、殆どすべての膜たんぱく質には糖鎖修飾が存在することから、受容体とリガンドの結合に糖鎖が関係してしまうのはしごく当たり前な話であります。糖鎖が受容体とリガンドの結合に抑制的に働く場合もあれば、増強的に働く場合もあります。抑制的に働くのは糖鎖による結合阻害だとして容易に理解ができると思います。抑制的に働く例としては、IgGのFc部がコアフコース化されるとIgGとFcR間の相互作用が抑制されてADCC活性が下がる事例が有名です。増強的に働く例としては、免疫チェックポイント分子であるPD-1がコアフコース修飾されるとPD-1の発現が上昇しPD-L1との結合が強くなるというような事例を上げることができます。レクチンの中でもガレクチンは変り者で、細胞質、細胞膜、細胞外に存在します。分泌型のガレクチンは何をしているのでしょうか?一つの例は、FGFRに発現しているガラクシドに結合し、FGFが正規なリガンドであるとすれば、それをミミックするような機能を持っていたりもします。
このようにして糖鎖とレクチンの機能を概観してみると、攻めどころは下記になると考えられます。
1.診断薬応用
糖鎖は発現系であり、細胞の状態の違いを如実に反映しています。従って、新たな疾患バイオマーカーとなり得る可能性は非常に高くなります。しかしながら、糖鎖は非常にヘテロな集団ですし、似たような糖鎖構造がターゲット細胞以外でも発現している場合があるので、特異性が問題になります。対象疾患から分泌される特異的なタンパク質とその疾患に特異的な糖鎖を同時に測定することが特異性の改善につながります。更には、糖鎖は増幅することが困難であることから、感度も大問題になってきます。この二面性を包括的に解決できるような対象疾患を慎重に選択する必要があります。成功している検査薬には、AFP-L3やM2BPGiがありますが、両方とも肝臓疾患であり、さもありなんと思わせます。
2.医薬品応用
細胞内のシグナル伝達は、リガンドと受容体の相互作用が起点となって誘起されます。リガンドを糖鎖という言葉で置き換えた時の受容体はレクチンという事になります。従って、糖鎖とレクチンという関係性を持って誘導されるシグナル伝達は、レクチンが備えている機能に限定されてしまいます。つまり、大部分が自然免疫がらみの機能になるかと思います。それでも見込める効果が十分であれば、ここを突き詰めるだけで大成功する可能性があります。インフルエンザウイルスの特効薬であるタミフルはこの良い例です。但し、タミフルは,ウイルスが宿主細胞から別の細胞へと感染を広げる際に必要となるノイラミニダーゼを阻害することが作用機序なので、宿主細胞のシアロ糖鎖を暴漢から守ってるイメージです。ともあれ、この路線では、レクチンが認識しないような糖鎖構造の詳細解析を推し進めても効果が薄いことが想像されます。
生体内には、その他無数のリガンドと受容体の相互関係が存在します。例えば、上記したようなIgGとFcR、FGFとFGFR、PD-1とPD-L1といった関係性です。これらの関係性においては、誘起される細胞内シグナル伝達においては、糖鎖が直接的に関与するわけではなく、そのリガンドと受容体間の相互作用に調整役として間接的に働くということになります。例えば、IgGを脱フコースした抗体医薬品の技術はポテリジェント技術として極めて有名です。糖鎖を標的とする創薬というと、糖鎖がありとあらゆるところに存在するが故に、糖鎖が様々な生命現象に関与しているとして大風呂敷になりがちです。本ブログ管理人が考えるに、効率的に開発するためには、新規モダリティーにこだわるよりも、むしろ既存の医薬品に対して糖鎖修飾の違いがどのように影響を与えるのかをシアリダーゼらを駆使してスクリーニングした方が効果的であり、それによってより薬効の高い新薬(バイオベター)を発見できる可能性が高いのではないでしょうか。この視点では、最終的に糖転移酵素の制御がキーになる可能性もありますよね。