Glyco26におけるレクチンアレイと糖鎖アレイの動向について

2023年8月27日~9月1日にかけて、台北のAcademia Sinica(中央研究院)において、Glyco26が開催されました。

先ずはレクチンアレイ(レクチンマイクロアレイとも呼ばれる)の動向についてまとめてみたいと思います。
ご存知かと思いますが、レクチンアレイが登場したのは2005年であり、二つのグループ、米国のLara Mahalと日本のJun Hirabayashi、よりレクチンアレイを用いた糖鎖プロファイリング解析技術が論文化されました。下記は、Glyco26におけるUniv. of AlbertaのLara Mahalのプレゼン(D010)のひとこまです。

ご参考:Lara Mahalらのグループ
ご参考:Jun Hirabayashi, Atsushi Kunoらのグループ
後者の論文では、レクチンアレイを用いた糖鎖プロファイリング解析法として、これまた世界初の技術となりますが「エバネッセント波蛍光励起法」が採用されたことが記載されています。この方法は、スライドグラスに固定化されたレクチンとアナライトとしての蛍光標識された糖タンパク質の弱い相互作用を液相から非破壊にて直接的に検出することを可能にしたものです。実は、本ブログの管理人も本論文の共著者であり、この技術は糖鎖プロファイラー(GlycoStation® Reader 1200)として、管理人の手により、2007年に上市されました。

Glyco26におけるレクチンアレイを用いた、或いはまたレクチンアレイそのものに関する研究進展としては、前者に関しては、Academia Sinicaのグループと産総研のグループからの発表がありました。
Academia SinicaのWu-Show Suらのグループは、癌細胞が分泌するIL6の糖鎖プロファイリングにレクチンアレイを使用しており(A107)、産総研のAtsushi Kunoらのグループは、心繊維症のパラフィン固定サンプルを用いて、局所部位毎の糖鎖修飾の違いを検証していました。本研究では、進化したエムックの糖鎖プロファイラー、GSR2300、が使用されており、わずか細胞3個から糖鎖プロファイリングを取得することが可能であることが示されていました(C050)。
レクチンアレイに関しては、2つのグループから、ヒトレクチンのアレイ化に関するプレゼンがありました。
ICLのKurt Drickamerらのグループは、C-typeレクチン、ガレクチン、Siglecら合計31種のヒトレクチンを固定化したアレイを用いて、それらヒトレクチンと病原菌との結合特異性をスクリーニングしています。ヒトの自然免疫の最前線にいる各種レクチンが様々な微生物とどのように反応するかという独自の情報を提供するものであり、これによってヒトレクチンアレイの有用性が示されたとしています(D026)。本研究では、ヒトレクチンをBiotin化し、Streptavidinを敷いた基板上に糖鎖が固定化されていました。また、GlycoGeneticsは、ガレクチンをメインとして11種のヒトのレクチンを固定化した商品をアナウンスしていました(C072)。現存するレクチンアレイは、LecChipを代表例として植物レクチンを搭載するものが多く、ヒトレクチンを搭載するレクチンアレイは、レクチンアレイの新しい潮流であります。しかしながら、ヒトレクチンの糖鎖結合特異性は自然免疫系が中心でありそれほど糖鎖の網羅性は高くもなく、糖鎖プロファイリングという視点では、植物レクチンを中心とする従来型のレクチンアレイは十分に強力ですし、網羅性も高く(例えば、Slovak Academy of SciencesのJaroslav Katrilikらの植物レクチンを使ったアレイ(C053)も参考にできる)、従来型のレクチンアレイとヒトレクチンアレイは、使用用途毎に棲み分けが進むものと思われます。

次に糖鎖アレイの動向に関してですが、ご存知のようにその網羅性の高さから米国CFGの糖鎖アレイが、デファクト的なポジションを占めています。この糖鎖アレイを用いて糖鎖結合性タンパク質の糖鎖結合特異性を評価しているプレゼンが幾つか見受けられました。Glyco26で最も注目されたこの分野でのプレゼンは、Harvard Medical SchoolのShang Chuen Wu, Richard Cummings, Sean Stowellらのグループによる「SARS-CoV-2のスパイクタンパク質が血液型Aに対して特異的な親和性を示す」というそれかも知れません(A071)。横浜市大のRyuhei Hayashi, Yashuhiro Ozekiらのグループは、独自の糖鎖アレイ(GlycoTechnica製)を用いて、カイメンレクチンの糖鎖結合特異性を議論していました。新規に見つかったChal18と名づけられたレクチンは、T-抗原に非常に強い特異性を示し、大腸癌細胞に対して強い細胞毒性を示すことも示されました(A031)。
糖鎖アレイに関する新たな潮流は、病原菌に特有な糖鎖をアレイ化する動きです。Academia SinicaのLaurriel Macali and Todd Lowaryらのグループは、66種類の微生物から切り出して精製した糖鎖を固定化した糖鎖アレイを用いてマイコバクテリオファージの糖鎖結合特異性を議論しています。本糖鎖アレイにおいては、糖鎖はネオグライコプロテイン法(即ち、切り出した糖鎖とBSAのコンジュゲートを作り、BSAをスライドグラス上に固定化する方法)を用いてスライドグラス上に固定化されています(A040)。
微生物の糖鎖は多岐に渡りその精製も大変です。更に、実際に微生物表面上で発現している糖鎖の状態と切り出してスライドグラス上に固定化した糖鎖では同一な存在状態ではないことから、Harvard Medical SchoolのHau-Ming Jan and Sean Stowellらのグループは、微生物をそのままアレイ化してしまう方法(microbe microarray: MMA)を提案し、Gal-8との相互作用を例として、MMAの方が糖鎖アレイよりもより正しく結合性を予測できるとしています(A048)。

Glyco26では、全発表数が343件もありましたので、管理人が全てを網羅できず、見落としているものもあるかも知れません。その点をご容赦頂きまして、この情報が少しでも皆様のお役に立てば幸いです。

橋本甲状腺炎患者に見られる血中糖タンパク質の糖鎖修飾変化について

Department of Laboratory Medicine, Shengjing Hospital of China Medical University, Shenyang, Chinaらのグループは、橋本甲状腺炎患者に見られる血中糖タンパク質の異常な糖鎖修飾変化について報告しています。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC10348014/

橋本甲状腺炎 (HT) は最も一般的な自己免疫性甲状腺疾患であり、組織へのリンパ球浸潤と甲状腺抗原に特異的な抗体の存在を特徴とします。
本研究では、HT患者27名と健常者コントロール(HC)26名から採取した合計53個の血清サンプルをレクチンマイクロアレイにて解析しています。結果として、HT群のレクチン結合シグナルの大部分がHC軍に比べて有意に弱くなっていることが判明しました。 更に、HT群では、Vicia villosa agglutinin (VVA) 結合シグナルがHC群に比較して有意に増加していることが分かりました。


Mxが思うに、このレクチンマイクロアレイの品質はあまり良くないですね。

KLF12/Gal-1の発現制御が癌の免疫治療の効率化に繋がるかも知れない

Department of Thoracic Surgery, Chinese Academy of Medical Sciences and Peking Union Medical College, Beijing, Chinaらのグループは、KLF12/Gal-1軸が癌の免疫療法に抵抗性を持つ患者に対する新しい治療ターゲットになり得ると報告しています。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC10432659/

本研究では、腫瘍細胞におけるKLF12の発現減少は免疫逃避の重要なメカニズムであり、抗PD-1療法に対する耐性につながることが実証されました。機構的には、KLF12はGal-1のプロモーター領域に直接結合してその発現を阻害し、それによって腫瘍微小環境へのCD8+ T細胞の浸潤が促進され、腫瘍細胞を死滅させることが出来ると言う訳です。

KLF12 の作用機序に関する継続的な研究と薬剤耐性を回避するための新しい併用免疫療法は、がん患者にとってより効果的な治療選択肢を提供する可能性があると結論しています。

志賀毒素BサブユニットとCD3抗体フラグメントを用いたlectibodyでGb3陽性のがん細胞を狙い撃ち

Faculty of Biology, University of Freiburg, 79104 Freiburg, Germanyらのグループは、Gb3陽性がん細胞に対する T-細胞の細胞毒性を増強する二重特異性を持つlectibodyについて報告しています。
https://www.mdpi.com/2073-4409/12/14/1896

志賀毒素Bサブユニット (StxB) の二量体フラグメントとヒトCD3抗体 (クローン番号 UCHT1) のフラグメントで構成されるlectibodyを大腸菌で産生し、Ni-NTA アフィニティークロマトグラフィーで精製しました。 StxB-scFv UCHT1 lectibodyは、T-細胞と Gb3陽性がん細胞に対して二重特異性を持っています。志賀毒素Bサブユニット (StxB) は、Gb3陽性がん細胞を選択的に標的にすることができ、細胞傷害性T-細胞は、UCFT1 を介して活性化されます。

本研究では、このlectobodyは、出血性腫瘍および固形腫瘍において、Gb3を過剰発現しているがん細胞を最大80% 殺傷できることが示されました。

キュウリにキチンオリゴ糖を与えた結果

Institute of Analysis and Testing, Beijing Academy of Science and Technology, Beijing, Chinaらのグループは、オリゴ糖をキュウリに与えた時に起こる根圏細菌叢の変化について報告しています。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37492253/

オリゴ糖(詳細にはキチンオリゴ糖)がキュウリの葉の老化を効果的に遅らせ、キュウリの生産量を大幅に増加させることが示されました。
根圏とバルク土壌の細菌叢は、様々な処理とサンプリング期間に渡って比較的安定していましたが、メチロバクテリウムとLechevalieriaの存在量を増加させることが示されました。
メチロバクテリウムは、植物が分泌するメタノールを消費することにより、成長を促進する代謝産物を生成することが知られています。

レクチンマイクロアレイの品質比較:LecChipの品質は世界最高レベル

比較糖鎖プロファイリング解析において、レクチンマイクロアレイは、絶大なる力を発揮します。更には、レクチンマイクロアレイの解析にエバネッセント波蛍光励起法を使用することにより、レクチンと糖鎖との弱い相互作用を非破壊でモニタリングすることが可能であり、世界最高レベルの比較糖鎖プロファイリングを行うことが可能です。
本技術の詳細については、下記をご参照ください。

Products & Services

さて、今日現在、世界には製造元が明らかでないレクチンマイクロアレイも幾つか存在しますが、商業ベースで製造販売されているものも数品種存在しています(PSS、RayBiotechなど)。
そこで、ここ数年のレクチンマイクロアレイが使用されている論文を参照しながら、その品質を公開されている画像から比較検討してみたいと思います。
結論から言えば、LecChipに勝る品質を持ったレクチンマイクロアレイは存在しないと言って良いでしょう。

LecChip made by GlycoTechnica(現在は、PSSにて製造販売されている)

Lectin microarray made by RayBiotech (https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC10348014/)
スポットサイズはバラバラ、
非常に小さいスポットも存在、
中抜けしてリング状になっているスポットも存在

Lectin microarray, unknown manufacturer (https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6636412/)
スポット内に斑が存在する、恐らくピンタイプのスポッターで製造していると推測される

Lectin microarray, unknown manufacturer (https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8798758/)
スポットの中抜けが強烈

Lectin microarray, unknown manufacturer (https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC9772556/)
スポットの形状異常、
スポット内の斑が劣悪、
スポット抜けも見受けられる

Lectin microarray, unknown manufacturer (https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fchem.2021.637730/full)
スポットの中抜けを除けば比較的良好だが、

Lectin microarray, unknown manufacturer (https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7840895/)
スポット形状がバラバラ、
スポット内の斑も劣悪

メタノトローフ菌を用いて温暖化ガスの削減と植物成長の促進を両立させる

Institute for Water Research and Department of Microbiology, University of Granada, 18071 Granada, Spainらのグループは、メタノトローフ菌を用いて温暖化ガスの削減と植物成長の促進を両立させることが出来ると報告しています。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC10347144/

二酸化炭素は地球温暖化要因として最も注目されていますが、例えばメタンも考慮すべき温暖化ガスであります。現在の総温暖化の少なくとも1/4はメタンが原因であると考えられています。大気中のメタン濃度は主に人為的寄与により急速に上昇しており、廃水処理施設、埋め立て地、家畜が主な発生源であると考えられています。メタンの絶え間ない放出を相殺するには、大気中のメタンを除去するしかなく、それによってこの強力な温室効果ガスの気候変動への影響を押さえることができます。

本論文では、植物を干ばつから救い、同時に温室効果ガスであるメタンを削減できる植物成長促進細菌としてのメタノトローフ菌の可能性が議論されています。メタンの酸化は副産物として水の生成につながる為(つまり、CH4 + O2 = [CH2O] + H2O)、メタンを消費する微生物は細胞内で水を生成できるので、干ばつ化でも生存が可能であり、余剰な水を体内から環境に放出します。
実際、土壌として使用されたバーミキュライトの相対湿度の最高値は、幾つかのメタノトローフ菌の接種サンプルで観察され、その値は 72.29 ~ 62.26% でした。メタンが存在しない場合には、その相対湿度がほぼ半分に大幅に減少したことは注目に値します。これらの結果は、メタノトローフ菌がメタン由来の代謝水を利用して効率的に水を保存できることを示しています。そして興味深いことに、メタノトローフ菌の植物成長促進効果は土壌の保水量を高めることが可能だった菌種で最大化されていました。

小児の外傷性脳損傷の潜在的な診断用糖鎖バイオマーカー

Medicortex Finland Plc, 20520 Turku, Finlandらのグループは、小児の外傷性脳損傷(TBI)の潜在的な診断用糖鎖バイオマーカーについて報告しています。
https://www.mdpi.com/2075-4418/13/13/2181

検査に血液の代わりに唾液ま​​たは尿を使用することは、臨床現場で潜在的な利点となります。本研究は、唾液または尿を使用して、外傷性脳損傷を検出する為の糖鎖バイオマーカーの可能性を検証しています。レクチンマイクロアレイを使用した結果、外傷性脳損傷とコントロールの間で次のような糖鎖修飾の違いが見つかりました。

糖鎖プロファイラー GlycoStation Reader 2300(GSR2300)は、わずか3個の細胞からその糖鎖プロファイルを取得することが可能

産総研)細胞分子工学研究部門)分子細胞マルチオミクス研究グループらは、エバネッセント波蛍光励起スキャナー(糖鎖プロファイラーとも呼ばれる)GSR2300の優れた高感度特性について報告しています。
https://link.springer.com/article/10.1007/s00216-023-04824-2

本論文では、最新モデルであるGSR2300をmGSR1200-CMOSスキャナと呼び、旧モデルのGSR1200をmGSR1200 (CCD)スキャナと呼んでいます。

結果として、エバネッセント波蛍光励起スキャナーの最新モデルであるGSR2300は、高NAの等倍無限遠補正光学系とデジタルビニングモードを備えるハイエンドsCMOSイメージセンサーを搭載することで、旧モデルのGSR1200に比べて優れた性能を示すことが実証されています。

具体的には、GSR2300を用いることで、より高感度で、精度と再現性に優れた分析が可能になり、細胞や組織からの少量の精製糖タンパク質やクルードな状態のタンパク質に対して、より短いスキャン時間(最速=15秒)で信頼性の高い糖鎖プロファイルが得られます。特に、GSR2300の感度特性における直線性を維持できる下限はGSR1200のそれより少なくとも4倍低くなっており、この特性により、GSR2300はわずかに3個の細胞があれば、その糖鎖プロファイリングが可能であります。これによって、非常に小さな細胞集団間の糖鎖の不均一性や内部の糖鎖の発現状態を容易に検出できることが示されています。

世界最高性能のエバネッセント波蛍光励起スキャナー(糖鎖ロファイラー)が登場したと言っても過言ではありません。

多価のナノ・レクチンを用いてSARS-CoV-2を中和する

School of Chemistry and Astbury Centre for Structural Molecular Biology, University of Leeds, United Kingdomらのグループは、多価のナノ・レクチンを用いてSARS-CoV-2を中和する方法について報告しています。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC10302749/

SARS-CoV-2のスパイクタンパク質三量体は、各単量体サブユニット上に22個のN-型糖鎖の修飾部位があり、オリゴマンノース、ハイブリッド、複合型糖鎖らの構造が存在することが知られています。スパイクタンパク質エピトープの変異により、SARS-CoV-2変異体はワクチン接種等によって誘起される免疫反応を回避してしまいます。対照的に、SARS-CoV-2変異体における糖鎖修飾部位の変異は非常にまれであるため、糖鎖は抗ウイルス薬開発の強力な標的となる可能性があります。従って、レクチンがSARS-CoV-2変異株に対して潜在的に強力な抗ウイルス活性を示す可能性があると考えられます。

DC-SIGNの糖鎖認識部位(CRD)は、一価の低いアフィニティー(Kd-値: 0.1 ~ 3 mM)で、SARS-CoV-2を含むウイルス表面にあるマンノースおよびフコース含有糖鎖に特異的に結合することが知られています。レクチンである DC-SIGNのアフィニティーを高めるために、DC-SIGN CRDを金ナノ粒子(GNP)に多数結合させました。 13 nmサイズの金ナノ粒子(G13)を、H[AuCl4] のクエン酸還元によって合成し、まず初めに部分的にG13のPEG化を行いました。次に、これらのG13をリンカー標識されたDC-SIGN CRDとインキュベートし、多価のナノ・レクチンを得ました。

その結果、G13-DC-SIGN CRDは、初めての多価ナノ・レクチンとして、SARS-CoV-2変異体に対して幅広い活性を有することが示されました。