キーマンは語る
5名の研究者の方々がレクチンマイクロアレイ/エバネッセント波蛍光励起を用いた比較糖鎖プロファイリング解析技術の応用について、それぞれの研究分野からその神髄を語っています。平林先生は、糖鎖解析技術におけるパラダイムシフトという観点から全体像をまとめ上げ、松田先生は、胆管がんマーカーの開発について、三瀬先生は、尿一滴からの糖尿病性腎症の予後予測マーカーの開発について、下田先生は、バイオマーカーとしてのエクソソームやそのドラッグデリバリーシステムの開発に言及しています。FDAのLeiさんは、抗体医薬品の糖鎖修飾をレクチンマイクロアレイで評価することの有用性に言及しています(本件のみ英語論文にて、日本語版が存在しません、恐縮至極です)。
細胞外小胞・エクソソームの糖鎖プロファイリングによるグライコミクス
京都大学工学研究科高分子化学専攻)下田麻子、秋吉一成(2020年)
糖鎖プロファイリングによる2型糖尿病患者における尿中腎予後予測バイオマーカーの同定
岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 腎・免疫・内分泌代謝内科学)三瀬広記(2019年)
糖鎖プロファイリングによる疾患特異的マーカーの開発
抗体医薬品の糖鎖修飾をレクチンマイクロアレイを用いた糖鎖プロファイリングで評価する
FDA)Lei Zhangら(2016年)(英語版ですが、Google翻訳の日本語でもそこそこ読めます)
糖鎖プロファイリング技術がもたらすパラダイムシフト
産業技術研究所)幹細胞工学研究センター)平林淳(2013年)
技術総説(比較糖鎖プロファイリング解析技術:GlycoStation®)
生命のセントラルドグマは、「遺伝子からタンパク質が作られる」ということなのですが、遺伝子から翻訳されて出来上がったタンパク質は、その最終段階にいる分子(糖鎖)の修飾を受けて完全形となります。糖鎖自体は、遺伝子にコーディングされている訳ではなく、糖鎖をタンパク質に修飾させる糖転移酵素というタンパク質が遺伝子にはコーディングされています。糖というと、糖鎖に馴染みのない方は、お砂糖(sugar)をイメージされるかもしれません。砂糖というのは グルコース(ブドウ糖)とフルクトース(果糖)が結合した二糖類の一種 であり、糖鎖とは区別されます。糖鎖は決して甘い訳ではなく、糖鎖はタンパク質の特定部位のアミノ酸(アスパラギン、セリン、スレオニン)に結合し、まるで「木」のように複雑な枝分かれ構造を持っています。アミノ酸に結合する部位の構造はそのコアとして普遍的ですが、糖鎖が伸長するに従って、木の枝のように側鎖が伸び、そこに「いろいろな形をした葉っぱ:単糖」が付いてくるというイメージです。ヒトの場合には、10種類の単糖(ガラクトース、マンノース、Nアセチルグルコサミン、Nアセチルガラクトサミン、シアル酸と言った糖鎖を構成する一分子)が存在します。
生命における機能分子は、基本的にタンパク質なのですが、タンパク質の機能は、そのタンパク質を修飾している糖鎖によって大きく影響されることになります。タンパク質には、細胞から分泌されるタイプと、細胞内及び細胞膜上に留まる非分泌型のタイプがあります。細胞膜上に発現するタンパク質は、殆どが受容体として機能しており、外界との信号伝達に関わっています。そのほとんどの受容体が糖鎖の修飾を受けているために、細胞を外から見ると、糖鎖が細胞の最表面に存在しています。つまり、糖鎖というのは、細胞間の信号伝達の最前線にいて、「細胞の顔」になっているのです。
具体的な例を上げると糖鎖のイメージがもっと湧いて来ます。例えば、抗体医薬(IgG TypeI)のコアフコースの修飾有無で、結合する免疫細胞の活性度が大きく変わり、その薬効は100倍も違ってきます。新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、糖鎖をマントのようにまとうことで、自分をステルス戦闘機に変化させ、ヒトの免疫系をすり抜けて、気道にあるACE2と呼ばれる受容体に結合して感染を開始します。癌では悪性度が高まると糖鎖が刈り込まれて短鎖のNアセチルガラクトサミンに変化し、癌の浸潤能力が上がります。血中のタンパク質が古くなってくると、シアル酸が外れてガラクトースが顔を出し、肝臓で選択的に破壊されて排出されます。このようにして糖鎖はあらゆる場所でタンパク質の機能調整に深く関わっているのです。
そのような糖鎖を特異的に認識するタンパク質の一群があり、それら糖鎖結合性タンパク質(除く酵素、抗体)のことをレクチンと呼んでいます。ヒトには200種ほどのレクチンがあると言われています。「存在している」それらの糖鎖に意味を持たせているのは、実はレクチンなのです。
レクチンという糖鎖結合型タンパク質をスライドグラス状にアレイ化したレクチンマイクロアレイを用いた糖鎖構造のプロファイリング技術こそがGlycoStation®の基本技術です。いろいろな糖鎖結合特異性を持つレクチンを組み合わせることで、糖鎖構造の特徴をプロファイリングできます。プロファイリングという言葉を使っているように、この技術は、複雑な糖鎖構造を完全同定する技術ではありません。しかし、その使い方・用途によっては、糖鎖構造を完全同定などする必要もないのです。何故でしょうか?それは体内で糖鎖の特徴を捕まえてシグナルパスを起動している分子はレクチンであり、レクチンは、個々の糖鎖の構造を、深く構造解析して識別し、反応するのではなく、ヘテロな糖鎖集団に存在する特徴的なエピトープ構造を認識して反応しているのです。レクチンマイクロアレイを用いた糖鎖のプロファイリング技術とは、正に生化学分子(レクチン)の働きを最大限に生かして「生命にとって意味のある糖鎖の構造データ」を簡易に捕まえることが出来る技術だと言えます。分析化学の立場に立てば、糖鎖の構造を完全同定できない技術に不正確さや違和感を覚えるかも知れませんが、必要な情報が取れればそれで十分という用途も一杯あるのです。例えば、バイオマーカー探索や抗体医薬品開発におけるスクリーニングです。この技術を使うことで、細胞やタンパク質の糖鎖修飾の変化が、レクチンという機能分子を通じて、いとも簡単に分かってしまう。シアル酸増えてるね、コアフコースも増えてるよ・・・・、そういう生命がまさに必要としている、使っている情報が瞬時で得られます。この強みが、レクチンマイクロアレイを用いた糖鎖プロファイリング技術の有効性を高めているのです。
レクチンマイクロアレイが登場したのは2005年のことです。バイオテクノロジー分野における先駆的なマイクロアレイは、ご存知のようにDNAマイクロアレイです。マイクロアレイという技術は、常にそれを読み取るスキャナーとセットになります。世の中には、マイクロアレイ用のスキャナーは多数存在しています。GlycoStation®は、その検出法によって、これら既存のスキャナーとは大きく差別化されています。レクチンマイクロアレイや糖鎖アレイをスキャンする上において、世界で最も精密な情報を与える技術がMx(エムック)のGlycoStation®であると言って過言ではありません。何故かと言えば、GlycoStation®は、弱い分子間相互作用を非破壊でモニタリングできる技術だからです。糖鎖とレクチンの相互作用は、DNAの二重らせんを形作る相互作用や、抗原抗体反応とはけた違いに弱く、それを正確に読み取るには、非破壊で分子間相互作用を検出できる装置が必要です。GlycoStation®では、その為にエバネッセント波(近接場)を用いています。近接場を用いた装置は、共焦点顕微鏡を始めとして昔から存在しますが、そのエバネッセント波をスライドグラス全面に発生させて大面積で利用できる装置として開発されたのが世界初のGlycoStation® Reader 1200なのです。エバネッセント波を使うことで、液相中で反応しているレクチンと糖鎖の相互作用を非破壊で計測できます。現存のスキャナーは、GlycoStation® Reader 2300、略してGSR2300になります。この普及機が、GlycoSuperLite 2200 (GSL2200)であります。私達は、GSR2300を単にスキャナーとは呼びません、上記の意味を具現した形で「糖鎖プロファイラー」と読んでいます。